須和田遺跡 – 市川の歴史・観光 Vol.05 –

市川第二中学校の校庭を見下ろす高台に、須和田公園という市川市が管理する公園がある。ここは元々は須和田遺跡と言う弥生時代中期から平安時代初期にかけての住居址が発見された遺跡である。

須和田遺跡 - 市川の歴史・観光 Vol.05 -

須和田遺跡があるのは真間山の東にある、須和田台地のほぼ中央となっている。南関東に弥生文化が伝わったのは、紀元前100年頃の事と言われている。そして南関東で最初に弥生式土器が発見されたのが、こちらの須和田遺跡であった。その後も奈良時代や平安時代にかけての土器が多数発見され、この地に人々が長い期間にわたって定住していたことがわかる。

以前は須和田公園内には弥生時代後期の住居が復元されて建っていた。しかしながら、平成9年に不審火によって焼失し、現在はコンクリートの土台を残すのみとなっている。

また須和田公園内には、市川市にゆかりの深い中国の文人郭沫若が、日本を離れる時に詠んだ詩の石碑が建てられいており、こちらも一見の価値があるものである。現在の須和田公園はきれいに手入れが行き届いており、バラや水仙と言った季節ごとの花を楽しむ事もできる。休日の午後にのんびり過ごす、そんなことにも活用できそうななかなか良い公園となっている。

施設名称:須和田公園
所 在 地:千葉県市川市須和田2-34
入 場 料:無料開園時間:24H
駐 車 場:無
アクセス:京成線市川真間駅下車徒歩約15分
 ※データは2011年11月現在のものです

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須和田遺跡の場所は、やはり市の北部です。

須和田遺跡 - 市川の歴史・観光 Vol.05 -

須和田遺跡は現在では須和田公園という公園になっています。

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公園内にあった弥生時代の復元住居跡。基礎部分のみ残され金網で囲われています。

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園内はバラがきれいです。

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バラの花をアップで撮影

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市川市にゆかりのある郭沫若の詩碑が建っています。郭沫若については後日、紹介しましょう

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日露戦争の英雄、東郷平八郎の筆になる忠魂碑


6 responses on 須和田遺跡 – 市川の歴史・観光 Vol.05 –

  1. いはち より:

    中学校の裏にこんな高台&施設があるのですね・・
    津波警報が発令されたらここに生徒は逃げられますね。
    市川には無料?の施設がたくさんありますね。

  2. ま~く より:

    いはちさん
    現在残っている史跡の多くは公園になっていますので
    無料で公開されている物が多いです。
    ただこちらの須和田遺跡のように必ずしも保存状態が良くない
    ものも少なくないのは残念です

  3. 餌釣師 より:

    あらら、燃やされちゃったんですか?
    心無い人もいるんですね。
    お陰で住居跡が砂のない砂場みたいになっちゃって寂しい感じがします。

  4. あさと より:

    千葉や埼玉のように急に人口が増えたところは
    やはり郷土の歴史や遺跡に対して
    どういう感じを持ってるのでしょうか
    一口に薄いとは言い切れないはずですよね
    誰にも郷土愛はありますのでね
    それと破壊活動とは別物のはずですよね

  5. ま~く より:

    餌釣師さん
    本当に砂場みたいになっています。
    ただコンクリート製の基礎だけを残しておく必要性は
    少々疑問に思ったりもしますが。。

  6. ま~く より:

    あさとさん
    郷土愛というものは醸成されるものと思いますのが
    その人の環境によっても違いでしょうからね
    いずれにしても不審火とは残念なことです


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