原付一種がなくなる日?

日本独自の規格である、50㏄の原動機付自転車(以下、原付一種)がなくなるのではとバイクユーザの間で話題となっています。事の発端となったのは、今年4月にホンダが人気モデル「モンキー」の生産を今年8月末で打ち切ると発表したことでした。またスズキの鈴木修会長が5月の決算発表のなかで「125㏄が小型排気量バイクの限界になるだろう」と発言したことで、拍車をかける形となりました。昨年10月にはホンダとヤマハが50㏄のバイクの共同生産を行う方向で検討していることが明らかになっています。

二輪車の排気ガス規制

二輪車の排気ガス規制これまで二輪車の排気ガス規制は四輪車に比べて遅れていた側面があります。初めてとなる自動車の排ガス規制は1963年(昭和38年)だったのに対し、バイク(二輪車)の排ガス規制が導入されたのはその35年後のこととなります。当初は自動車に比べ二輪車の排気ガス排出量は少なく環境へ与える影響も少ないと考えられていたようです。

二輪車初の排ガス規制導入(1998年)

初めて二輪車の排気ガス規制が行われたのは1998年のことです。四輪に比べるとその歴史は浅いものとなっています。この時の規制では以下のような規制が行われました

4スト 2スト
CO値 13.0g/km 8.0g/km
HC値 2.0g/km 3.0g/km
NOx値 0.3g/km 0.1g/km

エンジンのタイプ別に規制値が設けられましたが、それでも小型バイクで主流であった2ストロークエンジンには厳しい数値でした。エンジンの構造がシンプルでパワーを得られやすい2ストロークエンジンは小型バイクを中心に採用されてきました。しかし2ストロークエンジンにはその仕組み上、ガソリンと一緒にエンジンオイルも燃焼させるので、排気ガスをきれいにするのが困難という欠点がありました。小型バイクに向いたエンジンではありましたが、これを機に各バイクメーカは小型バイクのエンジンを一気に4ストロークエンジンに切り替え、2ストロークエンジンは市場から姿を消すこととなりました。

排ガス規制を大幅強化(2006年)

原付一種
原付二種
軽二輪
小型二輪
CO値 2.0g/km 2.0g/km
HC値 0.5g/km 0.3g/km
NOx値 0.15g/km 0.15g/km

初めての二輪車の排気ガス規制から8年経って大幅に厳しい規制値が導入されます。加えて測定方法が暖気後測定から冷気モードでの測定に変わったのも大きな影響を受けます。実はエンジンは始動直後の冷えた状態では、エンジン内に送り込まれた混合燃料を完全に燃焼させることができません。燃え残った燃料はマフラーを通じて外部に排出されますが、その状態の排気ガスを測定する方式に変わったのです。
そこで各メーカはガソリンをエンジンに送り混む装置をこれまでのキャブレターから、コンピュータにより制御をおこなうことができるインジェクションに変更し、排ガス規制をクリアすることとなりました。

欧州基準の排ガス規制に調和(2016年)

クラス1 クラス2 クラス3
CO値 1.14g/km 1.14g/km 1.14g/km
HC値 0.3g/km 0.2g/km 0.17g/km
NOx値 0.07g/km 0.07g/km 0.09g/km

※クラス分けは以下の通り
【クラス1】
 50~150ccかつ最高速度100km/h未満
【クラス2】
 150cc未満かつ最高速度130km/h未満または
 150cc以上かつ最高速度130km/h
【クラス3】
 最高速度130km/h以上

この規制はいわゆるEURO4と呼ばれる欧州の規制に合わせたものとなります。環境問題に敏感な欧州が導入を決めた規制に足並みを揃えた形です。また今回の規制で大きなトピックスに排気系の異常を運転者に知らせる車載式故障診断装置(OBD)の搭載を求めたことがあります。しかしこれまで以上に厳しい基準の排ガス規制にメーカも大きな対応を迫られることになります。四輪でも排ガス規制に対応できずに、市場から姿を消したモデルがありますが二輪車でも同様の事象が発生します。冒頭に書いたホンダのように人気モデルであっても、生産中止とする動きが出てきたのです。

EURO5への調和(2020年)

全車種
CO値 1.00g/km
HC値 0.10g/km
NOx値 0.06g/km
PM値 0.0045g/km

欧州ではさらに厳しくした排ガス規制の導入(通称EURO5)を予定しています。この規制により二輪車の排ガス規制は、四輪車とほぼ同等のものとなる見込みです。しかしこれをクリアするのはかなりの困難を伴います。また今後、より厳しい基準の規制の導入が議論される可能性もあり二輪車の排ガスをめぐる環境はますます厳しいものになるかもしれません。

規制への対応

2016年の規制導入でメーカの対策が限界を超えつつあるというのが、冒頭に書いた事象の背景にあります。限界を超えるというのは、技術的に無理であるという意味ではありません。日本メーカの技術を持ってすればクリア可能な数値ではあります。しかしそのためにはその対策に費用が掛かることになり、メーカはそれを商品に転嫁せざるを得ません。

2006年の規制では先述の通り細かい制御が困難なキャブレター方式をやめ、コンピュータを用いたインジェクション方式を導入しました。しかしこれは同時にコスト増を意味します。また2016年の規制クリアには排気ガスを排出する際にレアアースを用いた触媒により濾過するのが有効と見られていますが、やはりコストアップにつながります。現在15万~25万円で売られている原付一種の価格が40万とか60万になってしまっては原付一種のメリットが大きく損なわれてしまいます。

特に2016年規制ではこれまで以上に厳しい内容が盛り込まれています。(ディーゼルエンジンを除く)四輪でもいわゆる「継続生産者」と呼ばれるすでに発売済で、生産・販売しているモデルに関しては発売当時の規制値をクリアしていればよいとされていました。しかし2016年規制では「継続生産車」であっても、規制値を超えたバイクを生産できるのは2017年9月までとしたことです。つまり基本的に2017年9月以降は排ガス新規制をクリアしていないバイクの新車販売は基本的にできなくなったのです。

これは50ccの原付一種にとってはとてつもないインパクトがあります。なぜならホンダが一番、最近(2015年)に発表し販売している原付一種である新型タクトでも、2016年規制はクリアできていませんし小生の知る限りこの規制をクリアした原付一種はありません。メーカが既存車種に対策を施すか、何らかの行政的特例措置が取られない場合は、9月以降に販売できる原付一種はこの世からなくなってしまいます。

前述のモンキーのような人気モデルはメーカもユーザを意識して生産終了をアナウンスしましたが、ほとんどの車種はそんなアナウンスなしにひっそりと生産終了するのが常です。モンキーのほかにも生産を打ち切るモデルが多発することが予想されます。一方ですでに購入、使用しているユーザも手持ちの引続きそのまま利用することが可能です。小生の所有する原付一種のバイクも1990年製で1998年の規制導入前のモデルですが、なんら影響なく乗ることができます

ガラパゴスな原付一種

50㏄という低排気量のバイクというのは日本独自の規格です。自動車の運転免許に付帯したり、単独でもペーパ試験に合格すれば乗れるという手軽な規格として発展を遂げてきました。しかし小生が馴染みの深いタイもそうですが諸外国を見れば125㏄クラスのバイクがエントリークラスで、それ以下の排気量のバイクというのは存在しません。つまりメーカにすれば開発コストをかけて新規制に対応した50㏄のバイクを開発しても、それは日本でしか売れないということになります。

また原付一種の販売不振も深刻です。2015年に販売された原付一種の販売台数は19万台あまりとピークの198年代に比べると9分の1にまで落ち込んでいます。つまりメーカにすれば原付一種市場はもはや魅力的には映っていないはずです。長年ライバル関係にあった、ホンダとヤマハが共同生産を検討しているのも、もはや1社単独で原付一種を開発してもそのコスト回収ができないとメーカが考えていることの表れといえます。

TPP

若干論点が変わりますがあまり知られていないものの、実はTPPに関連して日本の免許制度を改めようという動きもありました。具体的には現在、普通自動車免許を取ると原付一種にもに乗ることができるものを、125㏄のバイクまで広げようというものです。こうすることにより125㏄クラスの小型バイクの需要が広がり、TPPに参加していたベトナムで生産した125㏄のバイクが日本市場で売れやすくなることを睨んでのものでした。しかし警察庁はこれらの動きに一貫して反対していましたし、米国の離脱によってTPP自体が宙に浮いてしまいましたので、こらの動きは今度進展はしないものと思われます。

将来の展望予測と願望

ガソリンエンジンを搭載した原付一種は今後なくなっていくのは、確定的な流れではないかと思います。これに代わり広まっていくと小生が考えているのが電動バイクです。すでにヤマハはE-Vinoという電動バイクを25万ほどで発売していますし、ホンダも価格は45万~60万と高いもののEV-neoという電動バイクを発売しています。普及が進めばガソリンエンジンに比べ圧倒的に必要部品の少ない電動バイクも価格がこなれるでしょう。

すでに10年ほど前から街中に電動バイクがあふれている上海の現状を見れば、その可能性は高いと思います。ただ個人的には使用ごとに劣化が進む充電式バッテリというのはいかがなものかと思っています。そういう意味では水素を燃料とする燃料電池車がバイクでも出てこないかなと期待するところではあります

8 responses on 原付一種がなくなる日?

  1. いはち より:

    思い出しましたよ。私、原付の免許を高校生の時に土曜日
    エスケープして千葉市の坂月試験場に取りに行ってチャチャっと取って
    しまったことを・・・
    コンビニ感覚で取って、とリあえず家にあったホンダのスーパーカブを
    (当時は)ノーヘルで運転しました。
    果たして本当に交通ルールというものを私が理解していたのか?今さらながら
    反省しております。
    電動バイクが増えてくれるのは環境云々面でよいのでは?と思いますので
    生産が中止になることに対してはあまり反対の意見はありません。
    ただ、原付だけに頼る交通弱者に対して高価な電動バイクはどうなんだろう?と
    思います。

    1. ま~く より:

      いはちさん

      以前はヘルメットも義務ではありませんでしたからね。今とは比べ物にならないくらい手軽な乗り物でしたのでバイクのエントリークラスとしての意味はあったと思います。原付から入って大型バイクにステップアップしていく人も多かった時代です。近年ではエントリークラスのバイクとしての意味合いも薄れ、バイクに乗る人は最初から目的のクラスのバイクを購入する傾向にあるそうです。

      問題は仰るように交通弱者に対する扱いですよね。地方で乗り物がないと病院も買い物もいけないというところに住む人は大変だと思います

  2. あさと より:

    このことは私にはよくわかりませんが
    排ガス規制と言う観点からの社会構造の変化もあるわけですね

    この原付というものがなくなると
    基本バイクは車と言う認識が高まるとは思うのですが
    免許というもののあり方も含めて
    今一度簡易な乗り物の社会的位置を
    はっきりさせる時が来るかもしれませんね

    1. ま~く より:

      あさとさん

      四輪では日本独自の規格である軽自動車は、360cc -> 550cc -> 660cc と大型化して進化していますが、原付1種は全く進展がありません。そういう意味でも完全なガラパゴス状態です。排ガス規制を国際標準に合わせるなら排気量も国際標準に合わせないから辻褄が合わなくなるんです

  3. Dr.鉄路迷 より:

    私は「原動機無し自転車」しか乗れないのでよく分からないのですが、
    いままでの原付と言うものが無くなるということでいいのですか?

    1. ま~く より:

      Dr.鉄路迷さん

      なくなると言い切るのは大袈裟ですが、そうなる可能性が高いという見通しです。もちろん各メーカが新排ガス規制に適合したバイクを従来通りの価格帯で販売できれば継続することはできると思います

  4. 餌釣師 より:

    商売的には研究開発費予算と売上規模との兼ね合いのでしょうが、そもそも制度的に50㏄のバイクだけ個別のカテゴリの免許または他の免許の付属で乗れるというのがおかしいかなとは思います。
    自動二輪のカテゴリならまだしも自動車の運転と原付の運転は全く異なるモノですからねぇ・・・

    とはいえ、その一方で51㏄以上は厳しい実技試験(または教習)が課せられているのもそれはそれで敷居が高いなと。

    なもんで私的には100㏄程度のバイクであれば、今の原付免許並みの学科試験と、自動二輪の実技よりもう少し緩い(多少の心得があれば1発で受かるような人が50%位でるようなレベル)程度の試験を課すようにすればいいかなと思うんですよね。
    であれば、小型のバイクは世界共通になるとおもうんですがねぇ。

    1. ま~く より:

      餌釣師さん

      一時期は激しくしのぎを削りあったヤマハとホンダが業務提携をするなんて事は以前では考えられなかったことだと思います。しかしそこまでしないとだめなくらい今般の排ガス規制は50ccの小さなエンジンのバイクには厳しいものだと思います。

      ヤマハやホンダといったメーカの主張も、餌釣師さんが書かれたことに概ね合致します。125ccまで乗れる小型二輪免許の取得条件を緩和して乗りやすくし、エントリークラスをこちらのサイズに移行したいという考えのようです。私個人としてもその方向に進んで欲しいと思っているのですけれどね

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